人が60歳まで生きる確率は90%を超えているといわれています。つまり、10人のうち60歳までに命を落とす人は1人いるかいないかということになります。
ところが、この10%未満の中に思わぬ不幸で入ってしまう人がいて、それを悲しむ家族や関係者がおり、悲しみの連鎖が始まります。何故、自分だけがこんな運命になってしまうのか、そんな悩みを解きほぐし、「大悲の願船」に乗せてくれて悲しみを乗り越えさせてくれるのが親鸞会の教義です。

寺院は本来のお勤めの姿を取り戻すべき

親鸞聖人は「信じる心ひとつで救われる」といわれていますが、これについては解釈が分かれており、浄土真宗の寺であっても、本来の「仏教を説く」ということよりも、法事や遺骨整理などさらには法話などとは関係のない地域行事にお寺を貸し出したりして、人生に苦しんでいる人たちへの救いの教えを説くという本来のやるべき事をやっていないのが現状です。しかも、それを誰もおかしいと思っておらず、お寺とは法事のときにお坊さんに来てもらうものだというくらいにしか考えていません。

お寺は、人生とは何か、生きる意味を失ってしまった人に救いの手を差し伸べることをしなければなりません。そのためには、親鸞聖人や蓮如上人の教えを説く法話や仏教の講座を開いて、やかりやすく教えを説いていくことが必要です。

蓮如上人は全国を渡り歩いて親鸞聖人の教えを説いて回ることに生涯をかけて臨みました。その法話を聞いて衝撃をうけ悲しみから救われた人たちが伝聞のお礼としてお渡ししたのがお布施の始まりです。つまり、強要されるものではなく、自分から感謝の相当分のご縁をさせていただくという意味なのです。

親鸞会の会員になるにあたって

親鸞会の本部は、富山県射水市にあり、2004年には2000畳の仏法を聞く講堂を建造し、「世界最大の畳部屋」として世界記録に挑戦することになりました。
親鸞会の会員になるにあたっては、入会金と月々の会費があります。入会金は50,000円、月々の会費(学徒費)は5,000円で親鸞会が開催する法話や講義を聴くことができます。お布施というのは、法話をうけた感謝の気持ちを示すものであり、強要されて支払うものではありません。法話をうけて心を動かされて、この法話を教えていただいた感謝の気持ちを表したいと思ったならば、お布施をするのも良いし、なんの気持ちの変化もなかったという場合は支払う必要はありません。
金額もいくらからと決まっているわけではなく、お布施の縁をもちたいと思った方の自分の感謝の心の相当分と思った金額をお布施のご縁とすれば良いのです。それ以外で強要される支払いや何らかのイベントなどへの強制動員などは一切ありません。

現地受講が困難な会員にはオンライン講座

親鸞会では、全国各地で親鸞会の講師による法話や講座が開催されており、入会するとその日程スケジュール表などが送付されてきますが、お仕事の都合などでなかなか都合がつかないという会員もいます。そんな会員のためにオンライン講座を実施しています。自宅のパソコンで仏教のことや親鸞聖人の教えなどについて、わかりやすく一から学ぶことができます。動画による講義で、講師の解説はとても丁寧で明確でスッと心に入ってくる素晴らしい講師陣です。
3ヵ月間で12回にも及ぶ講座で、親鸞会の講師が親鸞聖人の教えや仏教のことについてわかりやすく解説してくれます。
ただし、これにはインターネット設備を利用することから、受講料をいただいており申込金が3,000円で、月々の会費が1,000円でコース修了までにかかる会費は合計6,000円です。一度申し込みをすれば、12回分すべての講座を何度も見返すことができる上、追加料金はまったく発生しません。

人生という「苦難の海」を渡っていくために

私たちが生きている世の中は、つらいこと・不条理なこと・悲しいこと・死んでしまいたいと思うようなことがたくさんあります。これを親鸞聖人は「苦難の海」に例えられています。わたしたちは、その苦難の海の中を宛てもなくひたすらもがきながら泳いでいる状態です。「自分には心の支えがあるから大丈夫」と意に介さない人もいるでしょうが、その支えとは何でしょう。
家族・お金・地位や名誉・権力などでしょうが、そんなものは「苦難の海」に浮かぶ板切れや丸太ん棒だと同じようなもので、大波が襲ってきたら失ってしまい、また苦しみながら泳ぎ続けなければなりません。すべてのものは、そらごとであり無常のものでいつかは消えて無くなるのです。そんな苦難の海から救ってくださるのが、親鸞聖人が修行の中で完成された南無阿弥陀仏の大船「大悲の願船」です。
この船にはどんな人でも乗せてもらうことができ、自分の死を迎えるまでを明るく楽しく人生の海を渡っていくことができます。今人生の苦しみに耐えられなくなっている人は、「正信偈」や「教行信証」、「歎異抄」などの一頁を開いてみることをおすすめします。

まとめ

「何のために生きるのか」それは大切な人を失ってしまったときや、自分の人生の展望が崩れたときなどに考えてしまうことです。そして、命を絶とうとまで考える人もいます。
しかし、親鸞会で親鸞聖人の教えをうけ、生きる目的を教えていただければ、自分の苦しみから解放されて、自分がまず幸福感に包まれて生活し、死んで浄土で亡くなった大切な人たちを救うことができるのです。溺れた人を助けるには、まず自分が幸福感に満たされることであり、その道を説いてくださるのが親鸞会の教義です。